手術のことは書きたくない。あの悪夢を思い出したくないからだ。しかし、前回――「闘病記 その5」では必ず手術のことを書きたいと願っている。――と宣言してしまったのでしぶしぶ書くことにする。
前立腺ガンの告知を受けたとき、脚本家三谷幸喜氏の影響で「手術」を選んでしまったが、もし私が手術の経験をしておればそれを選択したかどうかわからない。
翌日の昼から手術ということで、前日から入院した。夜10時頃、いつもの入眠剤をもらい飲んだが眠れなかった。明け方、2、3時間うつらうつらしただろうか。しかし、7時頃すっきり目覚めた。朝食、昼食はなし。ヘソの中をそうじされたり、下の毛を剃られたり、浣腸をされたりしたときには悪い予感がした。前の手術が長引いているということで、3時過ぎにやっと呼出しが来た。テレビドラマによく見る手術室に連れていかれ、寝台に横になる。手の甲に点滴を入れられる。ロボット支援腹腔鏡手術が始まるのである。
「入江さん、入江さん」と呼ばれ気がつくと病室に居た。「今、夜の11時ですよ」「よく休んでいましたね」と声をかけられるが返事のしようがない。口、両腕、両足、尿道、わき腹それぞれが管や線でつながれており、身動きがとれない。こんな状態で休めるわけがない。
一晩一睡もできなかった。医師は朝、そして夕方来てくださった。看護師は複数の人が来られたので顔なども覚えられなかった。食事は汁物だったが食べる気がなくて残した。驚いたことにもう歩く訓練をさせられた。
うつ病のひどかった時と同じような不安感が襲ってきた。いやな事が次から次へと頭に浮かんでくるのである。看護師に言ってももちろんとり合ってくれなかった。夜になった。不安感と腹の手術跡の痛みで苦しんだ。早く眠りたいと思い、看護師に入眠剤を頼んだ。やっと9時前にいただいた。
飲んでから数分たって瞼が自然に閉じ、さらに頭の中で色々な布切れのようなものが目まぐるしく回転しだし、手足もベッドに吸い込まれるような状態になった。夢の中で不安と痛みを伴ったまま眠りに入るのは「イヤだ」と思うと同時に気分が悪くなった。ナースコールを押した。看護師が来てくれたときには応答もできず、瞼も開かず手足も動かず、意識だけの状態に陥ってしまった。師長らしき人が来た。医師も来た。瞳孔に光をあてられた。
脳に出血がないか念のためCTをとることになった。身体をストレッチャーに乗せられ廊下を通りエレベーターに乗って機械室まで行った。その間私は天井の蛍光灯が流れていくのを見ているだけだった。部屋に戻った私は、ある程度手足も動かせるようになり皆も安堵した。
夜中、脳外科医の先生が来てくださった。「出血はない」と言われた。せん妄が出ていないかいろいろ質問された。昨日に続きこの日も一睡もできなかった。