入江塾は、京都市の塾グループ「育星舎」のなかの中学受験専門部門で、小学生を対象とした学習塾です。本部の北野教室(北野白梅町、円町)を中心に出町教室・桂教室でも開講中です。

育星舎代表ブログ

安楽死 その9(2021年5月)

 

◆連載「安楽死と呼ぶ前に」  3/15(月)10:00配信

この連載は京都新聞とYahoo!ニュースの共同連載企画です。2020 年、京都で起きた筋委縮性側索硬化症( ALS )患者の嘱託殺人事件は「安楽死」事件として議論された。だが「安楽死」といった死なせる要件を議論するずっと手前に見つめ直すものがあるのではないか。 ALS 独居支援の実際と、安易な「安楽死」議論がはらむ危うさを、連載で伝えます。

 

2020年夏、京都市内で独居していた筋委縮性側索硬化症(ALS)の女性=当時(51)=が医師2人に薬物を投与され死亡した嘱託殺人事件があったが、「安楽死」を議論するずっと手前で、患者たちが語り、生きざまで伝えたいと願いながら、知られていない日々の暮らしがある。ALS患者の独居生活移行に、記者としてではなく、支援者として10年以上前から関わってきた。事件で亡くなった女性がネットに残した「死にたい」が一人歩きしている気がして、もどかしい。ALS介護現場の日々を報告する。(京都新聞 岡本晃明)

 

私はこの連載記事を読み、考えさせられた。

 

まず、今回の京都の嘱託殺人事件を端緒に書き始めた文章の題名が「安楽死」だが、次のような指摘があった。

 

 

「・・・・安楽死の議論は、同調圧力が強い日本においては慎重にしなければならないと感じている。『身体機能が低下して何もできなくなった人は死ぬべきだ』という価値観が広まることだけでも、結果として、そういう状況にある人を自殺に追いやるに十分な、悪い意味での力になってしまう。安楽死の議論は、生きる道が保障された上でないと非常に危険だ」

自殺対策問題に取り組む厚生労働大臣指定法人「いのち支える自殺対策推進センター」の清水康之代表理事

 

 

次に「安楽死 その1」で「自分も同じ境遇ならば考えただろうな」とALS患者Aさんの安楽死を肯定するような表現をしたのだが、それについても次のような見解があった。

 

・・・・筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者=当時(51)=に医師が薬物を投与し死なせた嘱託殺人事件の報道と同様に、「あんな病気になったら、私だったら死にたい」などと、安楽死を容認する趣旨のコメントが目立った。立岩真也・立命大教授は「私なら死にたい、と公言することはヘイトスピーチ」と指摘する。・・・・

 

今回の私の文章は少なかったが、次回の文章では、さらに考えを深めていきたいと思う。

 

安楽死 その10(2021年6月)

 

いまはまだ自分で生活できていますが、足腰が立たなくなったらどうしましょう。行きたいところへ行けず、食べたいものを食べられなくなったら。いつの間にか認知症になって、何もわからなくなってしまったら。

食事から下の世話まで人さまの手を借りるなら、そうなる前に死なせてもらいたい。これは、尊厳とプライドの問題です。死ぬときに、痛いのや苦しいのも嫌です。だからいつどうやって死ぬか、自分の意思で決めさせてもらいたい。それには安楽死しかありません。

ヨーロッパのいくつかの国やアメリカのいくつかの州では、安楽死が合法です。だから日本でも認めてもらって、わざわざ外国へ行かなくてすむようになれば助かります。

こんな願いは私だけだろうと思いながら『文藝春秋』(2016年12月号)に「私は安楽死で逝きたい」を寄稿したところ、読者の方々から賛同の声がたくさん寄せられました。「私も安楽死に賛成です」「頑張って、法制化の旗振り役になってください」と、声をかけられる機会も増えました。

橋田壽賀子

《追悼》橋田壽賀子さん  文春オンライン

 

テレビドラマ「渡る世間は鬼ばかり」や「おしん」などの脚本で知られる橋田壽賀子氏が4月4日亡くなられた(享年95)。氏は92歳の時、それまでタブー視されてきた「死」に関する議論に一石を投じた。特に日本で事実上認められていない安楽死について肯定的にとらえ、それを発表した。それに対しては賛否両論、大きな反響を呼んだ。そして、月刊「文藝春秋」の2017年3月特別号の特集「安楽死は是か非か〈大アンケート〉著名人60名の賛否を公開する」で、氏は賛成論者の代表格として特別対談を行っている。その特集でのアンケートの結果は賛否半々であったと思う。反対論者の中には「在宅ひとり死のススメ」を今年1月に上梓した社会学者の上野千鶴子氏もいたが、その理由は「人間は生まれてくるときにそれを選択できないのだから、死ぬときもそれを自分で決めるべきでない」というものだったと記憶している。

 

橋田さんとは生前、一度もお会いしたことはありません。ただ、月刊「文藝春秋」の2016年12月号の寄稿「私は安楽死で逝きたい」には共感しました。それで私には、橋田さんを何か一種の「同志」のように思う気持ちが少なからずありました。・・・・・・それは、ある状況になれば、世俗的な絆を断ち切り、自分で人生に幕を引くのも良しとする往生への希求です。・・・・・自ら断食で衰え、逝くのが私のかねての涅槃願望であり、理想でした。だから、橋田さんの主張する安楽死には、かなり通じる点が多かったのです。・・・・・

「同志」の逝き方 思いはせ   山折哲雄 宗教学者   朝日新聞 4月28日付

 

山折氏のように今も橋田氏の考えに賛同する方は少なからずおられるだろう。ただお二人の安楽死論は老いによる衰えから捉えておられるように思う。ALSのような難病患者にもそれが通用するのか、それを知りたい。


●育星舎グループ代表:入江篤志

☆小3の頃は、九九が覚えられず 居残りをさせられたぐらいの学力の子。

しかし、すぐれた師匠達との出会いのお陰で、私立洛星中学、さらに京都大学法学部に合格する。

ところがその後学習意欲を喪失。

長いモラトリアムの末アルバイトをしながらプロ家庭教師に、そして学習塾を設立、今に至る。

 

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