入江塾は、京都市の塾グループ「育星舎」のなかの中学受験専門部門で、小学生を対象とした学習塾です。本部の北野教室(北野白梅町、円町)を中心に出町教室・桂教室でも開講中です。
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歴史に学ぶ

入江塾説明会

 

最近の日本社会は困難な問題に数多く直面している。

ここでは中国漁船衝突映像流出問題を取り上げよう。

といっても、この事件に対する私的意見を述べようというのではない。

 

件の保安官の行為に対するさまざまな意見がマスコミなどでとり上げられたが、その中で歴史的事例を出したものに興味を持った。

それは賛同・擁護する立場から批判・断罪する見解までそれぞれの論拠として使われているのである。

 

◇流出は「義民の一揆」

・・・・・・現在の山形県にある庄内藩の農民が国替え命令を阻止しようと江戸幕府に直訴した史実に基づく「義民が駆ける」(藤沢周平著)を引用し、「悪政に対する義憤に駆られた国民の一揆に相当する行為だ」と指摘した。

・・・・・歴史小説好きの丸山和也氏(自民)が11日の参院法務委員会で発言。

朝日新聞 11月12日付

 

◇真実にフタをしようとした愚

中国古代、斉(せい)の権力者・崔杼(さいちょ)が君主の荘(そう)公(こう)を殺した。

そのとき、斉の太史(たいし)(歴史を記録する史官)が「崔杼、その君(きみ)を弑(しい)す(目上の人を殺すこと)」と書いた。

崔杼は怒って史官を殺した。

しかし、史官の弟が改めて「崔杼、その君を弑す」と書き、崔杼はこの弟も殺した。

さらに、その次の弟も同様に書き、やはり殺した。

すると、末弟もまた同じことを書いたので、崔杼は殺すのをやめた―と史記にある。・・・・

(エフシージー総研 小林静雄) SANKEI EXPRESS  11月13日付

 

◇ガリレオとその弟子※

異端裁判の弾圧に負けて地動説を撤回したガリレオに、落胆した弟子が、聞こえよがしに叫ぶ。

「英雄のいない国は不幸だ!」すべてを引きとってガリレオは答える。

「違うぞ、英雄を必要とする国が不幸なんだ」。

ドイツの劇作家ブレヒトの「ガリレイの生涯」の名場面である(岩淵達治訳)・・・・・〈たったひとりの人が立ち上がって「否」といっただけで、これだけのことが成しとげられたのだ〉。

冒頭の劇で、天動説の否定がもたらした世の変革を、弟子がこう誇る。・・・・・

(天声人語) 朝日新聞 11月11日付  ※タイトルは筆者

 

◇忠実さ求められる官僚の「服務規律」

・・・・・二・二六事件が起きた遠因は、その4年前、1932年5月15日に海軍の青年将校が犬養毅首相らを暗殺した五・一五事件の処理を政府が誤ったからだ。

当時の世論は、「暗殺という手段はよくないが、世直しという動機は立派だ」と同情論に傾いた。

特に朝日新聞が犯人たちの助命・嘆願に関する大キャンペーンを展開した。

捜査当局も裁判所もその流れに押され、厳正な処罰をしなかった。

その雰囲気を見た皇道派と呼ばれる陸軍青年将校たちがクーデターを起こしてもたいした処罰は受けないと踏んで二・二六事件を引き起こしたのだ。

(作家・元外務省主任分析官 佐藤優)  SANKEI EXPRESS  11月11日付

 

ところで高校生の頃の思い出だが、全校生が体育館に集められ講演会が持たれたときのこと。

私達が見つめる中、壇上に汗をふきふき登場した恰幅のよい紳士が「いやー、遅れて申し訳ありません。さて、今日は君達に何を話そうかな・・・。」と言いながら、戦前・戦後の国際社会のことについて話を始められた。

詳しい内容は覚えていないが、ほとんどの出来事(事実、事件など)に「西暦何年何月何日」と年月日をつけて、それも速射砲のごとく何も見ずに言われたことは強烈な印象として残っている。

その中で、笑わされたこともある。(実は笑い事では済まされないのだが。)

――日本のある大臣が訪問先から帰国するとき、当地の飛行場で同行していた官僚に大きな声で「ところでここは何という国だったかな?」と聞いて、その場に居合わせた外務省職員達をあわてさせたとか。

 

後年、その講演者が高名な国際法学者・田畑茂二郎教授ということを知った。(もちろん、そのとき先生のことは紹介されていたはずだが、ボーとしていた私には聞こえていなかった。)

時は現在。

ここ2代続いてわが国の首相は理系出身だそうだ。

そうであれば、なおさら氏のような社会学者も国家指導者のブレーンの一角として重要な存在を占めてこよう。

 

ならば今の学校教育の問題についても考えなければならない。

文系に進む学生の動機の多くは、理数ギライのようだ。

消極的選択なのだから、失礼だがその学業成果に期待は薄い。

他方、関西で言えば私立灘中学をはじめとする難関中学の入試は国・算・理の3科目受験が主流だ。

社会科がないのである。

だからいわゆるエリートと言われる層が理数的思考に傾いていく現状も否めない。

 

私が大学に入学した頃、2年間の教養課程では履修科目は大きく3つに分かれていた。

自然科学、人文科学と社会科学である。

ということは、科学と言えば自然科学と同義と思いがちだが、広く学問全体も科学なのだ。

自然現象ではなく、社会関係をもとにした歴史的分析で現実社会の問題を考えることも科学的思考なのだということを今回の事件で改めて気がついた次第である。

 

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