本物の塾とは教える事のプロフェッショナル集団だと思う。知識だけでなく考え方を教えるのである。教科書や参考書どおり教えていたのではそれはできない。そんな講師に教わった生徒はある段階で目から鱗の境地になる。脳にあるいくつもの歯車がかみ合って一斉に動き出す。私はある先生に数学を習っていてそんな経験をしたことがある。数学的思考に目覚めたときの悦びを忘れられない。
私は大学時代に父に反発して家を出た。苦労もし、社会的にも成功した父に劣等意識を持っていた。結婚を機に父と和解したとき、私は小さな個人塾をしていた。ある時、父は私に「お前も一人前の教育者なのだからしっかりやれ」と言われた。「そうだ、教育者になれば父と対等になれる」と私は思った。売上げも生徒数ももちろん大事だが、教育者でなければならないと強く思ったし、今も思っている。幸い育星舎の講師達も教育者を目指している。
本物の塾のトップは教育者でなければならないと私は思っている。だから育星舎の後継者の条件は教育者であることだ。他業種の経営者に事業を承継しようとは思わないし、同業者であっても教育に関心のない経営者に事業を売り渡しはしない。
実際、学習塾をしていても教育より経営の方に重きを置く塾長は多い。例えば安い授業料で有名な関西の大手個別指導塾Kの代表F氏。彼がまだ大手でない頃、彼の塾仲間のグループ会合に顔を出したことで知り合った。彼に紹介した個人塾の先生が生徒指導のために漢文の勉強を始めた。それに対し「あの塾は大きくならないな。漢文などは他人にやらせればいいんだ。」と評した。「なるほど塾経営はそんな考えをしなければならないんだ」と私は感心した。彼は「教え方は入江先生に任せますわ」などと教育論にはほとんど関心がなかった。塾を大きくすることに腐心していた。塾人として一番気にかかった彼のことばは「大手を敵にするな。小さな塾を潰していけ」だった。彼が店舗展開しだした頃、悪評を聞いた。親しくしていただいていたある私学の先生からだった。「個別指導塾Kが塾業界を荒らしている。昔からなじみの個人塾も生徒を取られている。そしてKは調子が悪ければすぐに撤退してしまう。捨てられた生徒がかわいそうだ」。多くの保護者はチラシやコマーシャルの裏側に隠された実態を知らない。大手だからと信用してしまうのだろう。彼は今、教育より税金対策に頭を悩まされているそうだ。
本物の塾は生き残っていけるのだろうか。塾の存亡は生徒、保護者の支持にかかっているからだ。