2025年 受験生/保護者《中学受験合格体験記》
京都産業大学附属中学校と、龍谷大学付属平安中学校に合格しました。
私は算数が苦手で五ツ木・駸々堂模試でも偏差値が伸び悩んでいました。
さらに、プレテストでかなり悪い結果が出てしまいました。
先生に「これだとまずいよ」と言われそこから勉強気合いが入ったと思います。
冬期講習では過去問をひたすらといて、合格最低点を上回るようになり、先生からも「大コケはしないだろう」と言われ自信が持てました。
そして当日に消しゴムや先生からの応援が書いてあるカードをもらい、さらに自信がつきました。
一年ほどという短い期間ながらも本当にありがとうございました!
受験対策としては、小学4年生から大手塾に行き始めました。
それまでは、学校の宿題をするのがやっとという状況でしたから、勉強も一層難しくなって宿題の量が増え、本人にとっては大変な日々だったと思います。それでも本人は受験をしたい一心で、学校同様に休まず通っていました。
泣きながら夜に宿題をする姿を見て、何とかしたいと思いましたが、どうしたらよいのかわかりませんでした。
夫婦で何度も勉強、受験に対して苦労したことを本人に伝えた上で、コツコツでもよいから勉強を続けていくことで、夢も含めて可能性が広げることができると思っていることを本人に伝えましたが、勉強することが嫌いになっていたと思います。
塾の授業中、集中力が続かず他の子と喋ってしまったり、他の子の足を引っ張る時があると指摘を受けてしまったり、成績が変わらない状況でした。
このままでは受験自体、やめたほうが良いのではないかと何度も考えました。
「面白くない」「わからない」さらに授業の進行スピードについていけない中、競争する苦痛を経験していたのだと思います。
そんなことを繰り返しながら塾を2,3か所変え、最後に入江塾にたどり着きました。
1番仲良しの友達を含めて同じ学校で数人通塾していること、送迎があること、宿題の量が少ないこと、習い事を続けながら通っても良いことを教えていただき、6年生直前の5年生2月でしたが、思い切って入塾させることにしました。
すると、少人数で丁寧に見てくれてわかりやすい、と時折本人が言い始め、楽しそうに通っている様子でした。
月末のプリントを通して塾での様子もこまめに把握できました。
相談したいときには、忙しい時も面談時間を設定していただき、親身にアドバイスいただけて心が落ち着き、任せることへの安心感もありました。
しかし模擬試験で、みんながレベルアップしてくる夏以降、偏差値が下がり始め、本人の気持ちはどんどん落ち込み、第一志望を決めるのに最後まで悩みました。
受験日が近づくにつれ、第一志望が見え始め、同じ塾の友達と一緒に仲良く勉強を頑張っていき、本番直前には目の色が少しずつ変わってくるのがわかりました。
受験する気持ちが固まっていた証なのだな、と思います。
本番前日、塾のみんなで寄せ書きをして、お互いに励まし合い、友達になった他校の生徒さんとお別れもしたそうです。
本番当日、会場で待っていてくれた先生から励ましのキットカットや寄せ書き、佐藤先生と八木先生の似顔絵入りの特製消しゴムなどをもらい、励ましの言葉をもらってすごく喜んでいました。
おかげさまで結果、受けた試験すべてに合格をいただけました。
合格したら卒塾、という先生の言葉を伝えたら、本人は「もう少し通いたかった」とすごく寂しそうでした。
また顔を出しに行きます。
暖かみのある塾で、一緒に頑張った仲間たちと充実した受験の経験ができたと思います。
本当にありがとうございました。
私は4年生の夏から他塾に通い受験することを決めましたが、6年の夏期講習が始まる7月から入江塾に転塾しました。
初めは算数や国語がとても苦手で問題を解いても解けない、勉強への苦手意識がありました。
個人指導が始まり木村A先生、長瀬先生から問題を簡単に解くためのテクニックや考え方を教えて頂いて少しずつ理解することができ、
「こうしたら問題が解けるんだ!」という自分の自信に繋がっていきました。
半年という短い間でしたが、応援してくださった先生方ありがとございました。
姉の影響か自分から中学受験をしたいと言う娘。
4年生の夏から大手塾に通うも成績は上がらず、深夜まで終わらない山ほどの宿題。
理解出来ているかもわからないままの追われる日々、小学生がここまでやる必要があるか?
黙って見守ってきた母も疑問を感じていた矢先塾に行く直前に涙を流す。
円形脱毛症が出来る、これは一大事。
もう受験はやめよう。
塾を一度休み本人と何度も話し合いとても辛い状況下にいる事が分かりました。
それでも「受験がしたい」と気持ちは変わりませんでした。
その日すぐに入江塾へ問い合わせをしました。
6年生の夏休み前に転塾するのは非常に厳しいと理解しながらも、佐藤先生は「やりましょう!」と受け入れて下さいました。
親子共に心身ボロボロの状況の中、どれほど救われた事か。
我慢強く、真面目、コツコツ頑張る性格ということは分かりながらも、分からない所を今更聞けない、そんな状況かと思い週1回の授業・算数と国語の個別、そのほかの日は演習に通いました。
国語の個別初日、木村A先生の授業を終えて出てきた娘の第一声「私は今まで何をしてきたんだ」と、目を輝かせて出てきた娘。
目から鱗って感じ?と聞くと「そうそう!」と嬉しそうに話してくれました。
個別算数は長瀬先生にお世話になりましたが、大コケしていた算数を基本のキから丁寧に教えて下さり「先生と同じシャーペンが欲しい」とリスペクトし、「いつも長瀬先生の後ろにくっついてますよー」と教えて頂き心の支えとなる先生がいて下さる事に感謝と安心をしました。
親子ともに疲弊したいた心が少しずつ温かい時間を過ごせる様になりました。
しかし早々成績が上がるはずはありません。
五ツ木・駸々堂模試は散々たる結果。
直ぐに面談をして下さいました。
「〇〇中学は非常に厳しいと思います」全部頭では理解しながらも、本人の「姉と同じ学校に通いたい」と泣きながら話す顔を思い出し頭の中が真っ白になりました。
夢見る「夢子」は娘ではなく、親の私だったのかもしれません。
一生懸命頑張れば叶うと信じてやまない小学生の娘にとって一番大切なのは何か、佐藤先生・八木先生とご面談頂き一緒に「うーん、うーん」と言いながら
志望校を考えた日、「大切な事だから悩むのは当然です!」と。
こんなに娘の事を考えて一緒に悩んで考えて下さるのかと感激しました。
「中学受験はゴールではない」「ここまで頑張ってきた事の結果はこれからの彼女にとってとても大切な事!」沢山の生徒さんを見てこられたからこそ出る重みのある言葉。
志望校を一旦決めたもの、緊急家族会議。
「絶対合格したい」と娘。
そうだよね頑張ってきたもんね…娘の気持ちも汲んで志望校を変更。
「わかりました!そうしましょう!」「胸を張っていきましょう!」と明るい声で応援下さり、そこからは一直線に走っていけました。
佐藤先生、入江塾に任せておけば大丈夫!大舟に乗った気持ちで送り出せる心の余裕もできました。
冬休みに入り、「塾に8時間近く頑張ってるんだからそれ以上はしなくてよし!」と佐藤先生。
佐藤信者である親子は素直に家ではOFFモードで早寝。
心も体も元気に。
全員で行く初詣。
忘れられない思い出になりました。
お菓子豪遊パーティ(笑)
しゃもじ登場。
面白愛称も2つ頂き「ラーメン滋賀一番!」「おしり」。
いい子しかいない仲間達。
入江塾が好きで毎日行きたい!休みたくない!
いつ来てもいる住人の様になっていた娘。。
試験当日はお寒い中、楳生先生が来て下さり応援グッズを頂きました。
先生からの手書きの応援メッセージにオリジナル消しゴム。
一生の宝物です。
無事合格!合格発表は一番に見たいという娘。
「やった!」とハイタッチする手はとても汗をかいていまいした。
ここまで頑張ってきたものね、と感じました。
先生方にご報告に伺うと心から喜んで下さいました。
とてもうれしかったです。
半年という短い期間でありながら、得たものが大きすぎて転塾して本当によかったと感謝してもしきれない思いです。
佐藤先生・八木先生・木村A先生・長瀬先生・富田先生・木村T先生
お世話になった先生方、有難うございました。
娘の心まで成長させて下さった先生方、入江塾が大好きです。
入江塾に出会えた奇跡に感謝致します。
ぼくが龍谷大学付属平安中学校に合格できたのは、塾の先生方の支えがあったからだと思います。
ぼくが入江塾に入塾したのは、小学3年生になる少し前です。
その頃は、国語と算数だけの2教科授業で週1回でした。
ですが、小学4年生になると、国語、算数、理科、社会の4教科に増えて勉強が忙しくなりました。
そこから小学5年生になると、駸々堂も入ってきて演習も増えました。
そして6年生になると佐藤先生の個人指導と小林先生の個人指導が入りました。
6年生の駸々堂では、たまに50近くなる時があってほとんどが45くらいでした。
悪いときは40を切ることもありました。
夏休みではまったく気力がなくて、佐藤先生に「こんな感じやとやばいな」と言われました。
そして夏休み明けくらいからいろいろな学校のプレテストの練習を頑張りました。
練習ではあまりいい結果を出すことはできませんでしたが、プレテスト本番では、平安、文教(半額免除候補)、大谷(二回目)では良い結果を出すことができました。
そのあとは平安や大谷の入試過去問題のタイプを頭の中に入れて、点数をとれるように練習しました。
その結果、国語は小林先生のおかげで45点だったのが80点くらいとれるようになって、算数は佐藤先生のおかげで、35点だったのが50点くらいとれるようになりました。
小林先生と佐藤先生は優しく丁寧におもしろく教えてくれました。
受験前日には、塾の先生方に背中を押されて受験を頑張ることができました。
塾の先生方には本当に感謝しています。
ありがとうございました。
中学受験。
避けて通れないと小学校入学前から意識はしていました。
いわゆる大手塾が我が家の周りにはたくさんあり、同じ小学校に通う受験組はほとんどがそのあたりに通うことも聞いていました。
ですが、息子は、超マイペース、メンタル弱めの性格上、競争心理をあおってモチベーションを上げていくような方法は、恐らく効果がなく、逆にやる気を無くす方向に働く心配がありました。
その中で、入江塾を知り、入塾テスト(選抜)制ではないこと、成績の優劣でクラスや席が決まったりしないこと、大量の宿題がないこと、ソフトな中学受験とされていることなどに魅力を感じお世話になることに決めました。
入塾は小2の2月でした。
受験に向けてというより、塾に慣れるために週1で国算の授業を受け、その後に繋がればと思い通い始めました。
また、早くから始めれば、超難関を狙うつもりはないので、ある程度希望する学校を狙うことができるのでは思っていました(これは、大きな間違いでしたが・・)
5年生になり、夏期講習が始まってすぐに、病気を発症し、夏休み後半はほぼ病院で過ごし、夏期講習は半分ほどしか受講できませんでした。
入院中も勉強はできる環境でしたので、宿題はやっていましたが、親子での勉強は上手く進まず、夏休み明けの駸々堂の結果は散々でした。
それから、体調は不安定ながらも、塾へは通い続けましたが、なかなか模試の結果は上がらず、たまに少しマシな回がある程度で、下がりっぱなしでした。
6年になり、算数は佐藤先生に、国語は小林先生に個人指導をいただき、当初は、先生を困らす程、集中できず、この夏が合否を決める!等と言われる夏期講習も塾に行くのは行くのですが、全くやる気がない状態で、佐藤先生に何度もご相談し、先生から本人に話をしてもらい、少しずつ前を向いて行けたのは夏休みが明けてからです。
ですが、夏休み明け以降の駸々堂については、全く成果が出ず、これでは、「ヤバい、どこも受からへん」と私は、何度も背筋が寒くなりました。
そのため、志望校を決めきれず、佐藤先生から、秋のプレテストの結果を見て、方向性を考えましょうとアドバイスを受けました。
3校に絞り、4回のプレテストを受けたところ、結果は、「え、頑張れるやんか!」と先生が驚くほど、彼にしては、良い出来栄えでした。
そこで本人も少し自信がついたのか、過去問の練習を繰り返すうちに合格点をとることができるようになっていったようです。
志望校も、このプレテストの後にやっと決めることができました。
この頃、息子の親への反抗も出てきて、私が関わるとへそを曲げるので、できるだけ塾へお任せし、家では、計算と漢字の練習を、朝と夜の少しの時間でしただけで、ほとんど勉強していません。
保育園から続けているダンスのレッスンも辞めることなく、6年の夏前にあった発表会にも出演し、入試の3日前でもレッスンに参加していました。
空いた時間は、休憩休憩と言いつつゲームをし、週2回の21時半までの演習の日を除いては、21時半就寝を目途にしていました。
入試前日まで、変わらずこのペースです。
こんなに勉強しない受験生いる??と目を疑うほどでしたが、きっとこれが今の彼にとって可能な範囲であり、無理して勉強させてもよい結果は出ないだろうと、それ以上を求めませんでした。
冬期講習から受験前日まで、毎日塾を開けてくださり、冬休みが終わっても、学校には行かず、朝から塾で演習を受けさせていただきました。
おかげで、一番危惧していた体調管理も、早寝早起きのリズムを崩さず、いつも通りの体調で当日を迎えられ、良い結果を残せたのだと思います。
お陰様で、受験した2校については、すべて合格をいただきました。
よく言えばマイペース、悪く言えばとってもややこしい彼は、大手塾では最後まで通塾することも難しかったと思います。
いつも、彼に言っていました、佐藤先生に見放されたらほかに行く塾ないからね!と。
入江塾の先生方、最後まで彼を見放さずご指導いただき、本当に有難うございました。
入江塾に出会わなければ、きっと受験をすることができなかったと思います。
中学へ入学しても、心配事は山積です。
またご相談させていただくこともあるかと思いますが、その際も見放さず、よろしくお願いいたします。
僕は4年生の12月に他の塾から入江塾に入りました。
僕は算数(特に図形)がとても苦手で、模試などで図形類が出た時はいつも焦ってしまい、全く解けませんでした。
6年になり八木先生に個人指導を担当していただいてから、少しずつ算数の成績が上がっていき、最終的に第一志望だった大谷中学校に合格することができました。
仲間にも恵まれ、約二年間楽しい塾生活を過ごすことができました。
入江塾の先生方、特に八木先生!本当にありがとうございました。
先生方のご指導のおかげで、大谷中学に全額特待での合格をいただく事ができました。
心よりお礼申し上げます。
中学受験を意識したのは2年生の終わり頃、学校で人間関係がうまくいかず、毎日泣いて帰ってくる息子を見て、ほんの軽い気持ちで中学受験を提案してみた所「やる!」と答えたのが始まりでした。
最初に通ったのは大手塾。
数年通う内に、増えていく宿題の量と速くなる授業のスピードについていけず、授業料だけを払っているお客さん状態に。
このままではいけない!と退塾しました。
受験も辞めようとなりましたが、しばらく経って息子から「中学受験をあきらめたくない、もう一度だけ塾に通わせて下さい」と懇願され、改めて塾を探し始めた時に入江塾と出会いました。
説明会へ伺った後、知り合いのお子さん方が卒塾生と知り、話を伺うと口をそろえて「入江塾なら大丈夫!」でした。
皆同じ事をいうなんて、どれだけすごい塾なんだと思いつつ最後の塾!と息子にも約束し、4年の冬入塾しました。
転塾したから順風満帆と言うことは全くなく、宿題をクローゼットに隠したり我流で式を書かず問題を解いたり、字がとにかく汚く読めない!
数えきれないくらいに戦いました。
塾でも人間関係につまずき、ご報告の電話をいただく事も多く。
先生にも相談しつつ、この子は一体どうなるんだろうと悩む日々でしたが、5年の秋頃からは少しずつ落ち着き始め、帰りの車でも友達や先生との楽しい話をよく聞かせてくれるようになったのと面談でも「スイッチが入ったように感じます」と仰ってくださり、ホッとしたのも束の間、駸々堂の模試や直前のプレテスト、他塾の模試結果は散々で、雲行きはどんどん怪しく。
志望校の過去問も、あまり解けていない様子で迎えた本番は、驚くほどに「いつも通り」2日目午後の入試まで一貫して「いつも通り」でした。
その時は、少し位ピリッとしてくれよ…と思いましたが、振り返るとそれが良かったのかもしれません。
後から聞くと、「緊張してしまうと普段できることが出来なくなってしまうから、普通を心がけていた」そうです。
そんな事を考えていたのか…と、我が子ながら感心してしまいました。
学校へはあまり行きたがらないのですが、塾は本当に大好きで、入試直前の演習も喜んで通っており、塾最終日は「皆に会えなくなるのが寂しい」と号泣するくらいに、入江塾が先生が仲間が大好きになっていました。
私も塾の先生やお友達の話を聞けなくなるのが寂しいです。
入江塾は大手塾によくある、月謝だけを納めるお客さんにはしない 両親とこどもの話をしっかりと聞いてくれて、寄り添って下さる先生方ばかりです。
先生方(特に八木先生)色々とやりにくい息子に向き合ってくださり、温かくも厳しくご指導をいただき、最高の先生方と最高の仲間に出会えた事、唯一無二の財産を得ることができました。
中学受験で悩んでる保護者の方へ。
私も自信を持って「入江塾なら大丈夫!」と伝えます。
本当に本当にありがとうございました。