教育への疑問(1)
・・・サイコパス研究は、日本においてこれまでタブー視されてきたのではないだろうか。
しかし、本書でも述べられているように、サイコパスの病態を明らかにすることは危急の問題である。
そして、近い将来、この疾患を治療できるようになる日が来ることを信じて止まない。
日本の若い研究者や学生が、今後この困難な領域に多数参入してきていただけることを、訳者としては強く期待する・・・・(訳者まえがき)
「サイコパス―冷淡な脳―」 星和書店ジェームズ・ブレア、デレク・ミッチェル、カリナ・ブレア 著福井裕輝 訳
この書によると、「サイコパスとは反社会的行動を示す人々のなかでも独特の病理を有していて、情動の欠如という共通の基盤がある」。
情動の欠如とは特に「罪悪感に苦しむこともないし、他人の感情に関心もない」状態と言えるだろう。
今年7月26日長崎県佐世保市で起こった陰惨な事件をニュースで知って、すぐにこの「サイコパス」ということばを思い浮かべた。
以前にも少年による殺人事件のあった佐世保市では「命の大切さ」を伝える道徳教育に力が入れられており、関係者はショックを受けているという。
しかしサイコパスが存在するとすれば、倫理観、道徳観のない者に対するこのような教育はどこまで意味があるのか疑問である。
また、当該少女は小学6年だった2010年には同級生の給食に洗剤を混入した。
それに対しその後の学校などの対応に問題があったとされている。
バラエティー番組などに出てくるある教育評論家は「その時に充分な指導をしておれば100%立ち直った」などと安易な発言をしているが、その指導とは隔離するなどの矯正教育まで考えてのことだろうか。
さらに、事件前には少女は精神科で受診している。
この時点で教育から医療の分野に問題が広がっている。
そして事件の1ヶ月半前、精神科医が県の児童相談窓口に「このままでは(少女は)人を殺しかねない」と電話をしている。
しかし、この通告は残念ながら効果がなかった。
この警告は結果的に教育、福祉、医療の狭間の中で浮いてしまった。
同書には脳科学からのアプローチも試みられている。
この事件は、もちろん教育だけでなく、医学分野さらに脳科学分野からも検証されるべきではないだろうか。