私の人生(4)
・・・・人から信じてもらいたければ、言葉で自己を強調するのではなく、行動で示すしかない。しかも、のっぴきならない状況での真摯な行動のみが、人の信に訴えるのだ。
『漂泊者とその影』 フリードリヒ・ニーチェ著(「超訳 ニーチェの言葉」 白取春彦編訳
ディスカヴァー・トゥエンティワン)
私は聖書によって希望と勇気をもらった。
しかし、現実は厳しかった。
早朝からのアルバイト(例えばモーニングサービスをする喫茶店のウェイター、製麺業の手伝い、弁当屋の配達、中央市場での作業員など)をしながら午後からは塾を開き、家庭教師としても自ら生徒の家に赴いた。
ところで私が借りた塾の近くに、せまいが空き地があった。
自転車置き場によいと思い所有者を探した。
お隣の豪邸にお住まいの方だと判明。
呼び鈴を押して、来意を告げるとお部屋に通していただけた。
老夫妻がおられ、安価で貸してくださるとのことで私は喜んだ。
改めて契約書を交わしにうかがったときの御主人の言葉が忘れられない。
「私は近江から京都に丁稚で出てきた。今は息子に会社を任せているがいろいろ苦労してきた。しかしこれまで他人を裏切ったことがない。だから銀行からも信用されている。今日から君とは信頼関係になる。つまり――私は君にこの土地を借りていただいている。そして君は、私に貸していただいている。――ということや。わかったか。」
大げさな話だなと思ったが「わかりました。」と答える以外にない。
そして契約完了。
遅まきながら今の年になってこの老人の言われた真意はよくわかる。
程なくしてミニバイクを乗るのを止め車を購入した。
というのは塾だけでは生活できず、反面家庭教師としては評判が出てきた。
またその借りた土地が細長く奥に車を置くこともできたので、中古車を買うことにしたのだ。
ある人の紹介もあってローンを組んでもらった。
毎月27日に引落とされるのだが、月末はいつも貯えがなくなる頃。
結局信販会社から督促状が来て、銀行振込を何度かした。
私としては「払っているのだから問題ない」と思い込んでいた。
ところがあるときタイヤの交換(もちろんそんなたいした金額ではなかったが)でローンを申し込んだところ断られてしまった。
タイヤの購入を相談した方から、その話が他に漏れたらしい。
「彼は信販会社のブラックリストに載っているらしい。」そんな話が伝わってきた。
知らなかったでは済まされない、社会の恐ろしさを知った。
当然一人の社会人いや教育者として自らの信用を絶対的なものにしておかなければならなかった。
毎月期日に支払う契約をしておきながら、それに反し遅滞した私は「子供の宿題忘れ」すら注意する資格はなかったのだ。