知能検査には集団式と個別式がある。わがマナ英才学院で行っているのは個別式である。私が小学生時代に受けたのは京大式といわれる集団式だった。その頃検査の結果を本人には伝えないことになっていたようだが、母から私のそれは118だと言われた記憶がある。普通の知能であると自分でも認識したように思われる。
私は小1から小3まで大阪の堺で過した。学校のテストも60点程度だったと思うし、九九などもなかなか憶えられなかった。京都に転居するとき、担任の女の先生が「入江君は頭がいいわよ。京都に行ったら一番になれるわ」と言ってくれた。それを信じた私は京都に行ってから一生懸命勉強するようになった。するとクラスで一番、5段階評価でオール5もとれるようになった。ある男の先生に個別に特訓を受けて進学校の洛星中学にも合格できた。「自分はできる」と有頂天になった。
ところが洛星中学にはまさに知能の高い連中がいくらも存在した。定期テストの席次は後ろから数えた方が早かった。自分の能力はどうしてこんなにも低いんだと思い悩んだ。高校時代に「知能はどうしようもないんだ。思い悩んでもしょうがない。勉強の仕方を考えよう」と成績の良い連中にそれを聞いてまわった。
その後ある数学者にも出会って数学に目覚め一浪して何とか京大法学部に入った。
学習は知能だけではない。一部の大学の学部を除いては、努力で志望校学部に到達できると私は信じている。ただ、むやみに努力しても意味はない。有能な師の指導や有効な学習法などが伴わないといけないと思うが。