外向性や内向性、情緒不安定といった性格は環境より遺伝の影響を強く受ける。
一方、社会のルールを遵守する倫理性、道徳性に関わる性格は、環境の影響力のほうが遺伝よりも強い。
利他的な性格の形成もまた、環境に強く影響されている。
こうした性格は、社会の大人たちがそのことを心得て教育すれば、多くの子供たちはちゃんと、そうなるのである。1)
去年卒寿を迎えた父は最近「利他」なることばをよく使うようになった。
どこからの出典かよく理解していないようで「言わば利他とでも表現すべきことかな」などと言う。
「人間の生き方で大切な考え方だ」と自分の人生を省みて思っているようだ。(私からみて、―父の生き方が「利他」であるとはちょっと大げさではないか―と反論したい気持ちはあるのだが。)
父は年を取っているが活字はよく読む。
新聞はもちろん書籍もよく買ってきて読んでいる。
ある時、ドストエフスキーの著書を読んでいて、「登場人物の区別がつかない」と言っているのを聞いて笑ってしまった。
その父から去年の6月頃「利他的な遺伝子」という題名の本を渡された。(そこから引用したのが上記の文章である。)
言うには「オレが思っていた内容と違った。一応読んだが、お前の好きな脳のことが書いてあるから持っていけ。」
「利他的な遺伝子」という表題から、ただ「利己的な遺伝子」(リチャード・ドーキンス著)の向こうを張った商売的な本かと思って開いてみた。
しかし、そのプロローグの内容に引き付けられた。
アメリカのペンシルベニア州にあるアーミッシュのコミュニティーでの出来事。
著者が訪れた思い出のあるその地で、2006年事件は起こった。
アーミッシュの人たちはコミュニティーのなかに自分たちだけの学校をもっている。
その教室に、外部から、銃をもってやってきた男が押しいったのだ。
男は教師と男の子たちを教室から追いだして女の子だけを残した。
・・・・・・激昂した男は少女たちに銃口をつきつけて、引き金に指をかけた。
とそのとき、最年長の13歳の少女が銃口の前にすすみでて懇願した。
「私を撃って、代わりに小さな子供たちを助けてください。」男はすぐにその子を撃った。
すると、次に年長の11歳の子が銃口の前に進み出て小さな子供たちのために同じことを懇願した。
そしてその子も撃たれた。2)
1)「利他的な遺伝子」(筑摩書房) p.30
著者―柳沢嘉一郎 生物学者(遺伝学) 筑波大学名誉教授
2) 同書 p.11,12