私は嫌煙家だ。煙が嫌なのではなく火が怖いのだ。若い頃はもうもうとした煙で満たされた狭い呑み屋の中で喫煙しない私は何時間も酒を呑んでいた。
今の育星舎の社員は誰もたばこを吸わない。15年程前までは野外の喫煙所で2、3人がたむろして時間をつぶしていた。しかしいつのまにかそんな連中は育星舎を去っていった。その後、喫煙者は採用しなくなって今の育星舎のメンバーになった。現在は、「たばこの不始末」による火災の心配がなくなり、安心だ。
嫌煙家になったきっかけがその「たばこの不始末」だ。塾が順調に成長し法人化も考え出した頃、講師に応募してきたのがSだ。有名大学を出て、一流銀行に就職した彼を期待とともに採用した。塾の本部は拡張移転して、私が始めた民家の2階の塾は分教室として残していたのだが、Sをその教室長にした。Sの不誠実さはすぐに発覚した。電話代が嵩むので不思議に思いNTTに問い合わせて調べたところ、Sがその教室から自分の実家(京都から離れた他府県)に市外通話を頻繁にかけていたことがわかった。
その日は突然やってきた。夜中、「分教室が焼けている」という連絡が入った。急いで行ってみると、消防車が何台も来ていて消火活動をしていた。夜空に炎が上がっていた。2階は完全に焼けて1階のお店は水浸しになってしまった。
消防署によると2階のくずかごの部分がよく燃えていて、「たばこの不始末」ではないかということだった。家主や1階の店、両隣の家には賠償金を要求された。そんなお金はない。Sにもその埋め合わせを要求したが、「交通事故みたいなものだ」とうそぶいて知らんぷり。
Sはさらにその校舎のある保護者と結託して、近所に新たな塾を出し、塾生を奪ってしまった。踏んだり蹴ったりとはまさにその時の状態。経営も悪化し、塾の本部も今の育星舎本部に集約移転した。父からも借金し何とか数年で経営状態を元に戻せた。
Sの作った塾はほどなく潰れ、新たにある塾の幼児教室部門長として売り出したようだがそこも消滅した。今、彼はどうしているのだろう。
いろいろな失敗を重ねてきた結果、「不祥事を起こす従業員が出てくるのは私の不徳の致す所だ」と今は思える。