入江塾は、京都市の塾グループ「育星舎」のなかの中学受験専門部門で、小学生を対象とした学習塾です。本部の北野教室(北野白梅町、円町)を中心に出町教室・桂教室でも開講中です。
(平日14:00~22:00 土曜13:00~20:00)

2019年合格体験記 Bさん…高槻合格

Bさん…高槻・立命館宇治・京都産業大学附属・京都学園(GN一貫 A特待)合格

Bさん

5年生の冬期講習が終わって志望校を高槻に変える事を決意

私が入江塾に入ったのは小学校4年生の2月でした。

始めの頃から、苦手な教科は算数だとわかっていましたが、特に対策などはしていませんでした。

なのであまり上達せず、模試などの成績の足を引っ張っていました。

その一方で国語は得意だったので、それで駸々堂の偏差値には満足していました。

 

しかし、志望校が明らかになってくると、できない科目が目立ち始めました。

そこで、佐藤先生が個人指導を受ける事を勧めてくれました。

算数を八木先生に、そして当時の私の志望校には作文が必要だったので、作文の個人指導を小林先生にしてもらう事になりました。

 

しばらくは順調に進んでいましたが、ある模試の結果がE判定でした。

あまりの驚きに、その時は笑う事しかできませんでしたが、後から真剣に考え始め、5年生の冬期講習が終わって志望校を変える事を決意しました。

その新たな学校が高槻でした。

 

洛星・高槻の対策授業に参加、日に日に解ける問題の数が増え先生や親からたくさんほめられた

入江塾では洛星・高槻の対策授業があったので、それに参加しました。

算数の個人指導も秋定先生に教えてもらうようになり、国語は作文がなくなったので、早い時期から古い過去問をたくさん解きました。

志望校は第4志望まで決め、後は勉強あるのみでした。

 

目標を新たに定めると、気合が出てきて、対策授業の問題も、日に日に解ける数が増えて、五ツ木駸々堂の偏差値も、国語や理科は70台まで達成しました。

11月にもなると、さらに本格的な赤本の問題も解き、合格判定を出して自分の実力を見るかたちになりました。

対策授業では70~90点台がとれるようになり、先生や親からもたくさんほめられました。

この時期は、一番がんばったと思います。

 

試験前日にかかったインフルエンザ、それでも先生に応援してもらい悔いのないようにがんばれた

少し疲れると、ほかのみんなも自分と同じ気持ちになっていると思い出し、それでまた勉強が続けられます。

「みんなしんどいんや」そんな言葉を先生から聞き、ねじを巻いたかのように鉛筆が走り出します。

その調子で冬期講習を終え、いよいよラストスパートです。

 

みんなが学校を休んで塾へ足を運ぶ中、私は学校へ行きました。

週末や木、金は塾に行きましたが、基本的に学校は休みませんでした。

私は特に追い込みはせず、最後の週はゆっくりしていました。

 

しかし前日になると、高熱を出し、一番楽しみにしていた寄せ書きに参加する事ができませんでした。

友達に二度と会えない悲しみと、学校を休めば良かったという後悔。

泣きました。

でも、今更泣いても無駄です。

熱は40.4℃もあり、インフルエンザのA型だと聞いてショックを受けました。

その夜は薬を飲んで、明日に備えて18時に寝ました。

 

当日は薬のおかげで昼過ぎには熱は完全に下がっていました。

早朝に家を出、校門では木村A先生に言葉をかけてもらって試験に挑みました。

電話でも佐藤先生に応援してもらい、悔いのないようにがんばれたと思います。

でも、インフルエンザになると、取り返しのつかない事になるかもしれません。

私は軽症で、運が良かっただけかもしれないので、皆さんもできるなら学校を休むことをお勧めします。

一番大事なのは何かを考えましょう!受験が最優先ですね。

 

2年間で学んだみんなでがんばる事の大切さと「初心」を忘れない事の大切さ

私が入江塾で過ごした時間は特別でした。

帰る時間になると、しゃもじでたたかれなくてホッとする気持ちと、終わった時の解放感と、楽しかったな、帰りたくないなという気持ちになります。

みんなとがんばると、勉強が好きになってきます。

演習が楽しくてたまらないのは、入江塾の良い所だとおもいます。

 

それの他に、「初心」を忘れない事の大切さもわかりました。

新しい志望校に向けてがんばっている時、私は「初心」という感情で緊張感をおぼえました。

その緊張のおかげでインフルエンザでも全勝できたと思います。

 

人は物事になじむと気がゆるむ習性があります。

その「ゆるみ」は危険です。

けれどその一方でリラックスする事も大事です。

緊張するのと同時に、落ち着いて受ける。

「初心」を持って受けるとは私にはそういう意味がこもっています。

 

入江塾での短い2年間で、私は2つのことを学びました。

1つは、みんなでがんばる事の大切さです。

そしてもう1つは「初心」を忘れない事の大切さです。

長くても、あっという間に去った2年間でした。

先生方、どうもお世話になりました。

ありがとうございます。

 

Bさんのお母さん

一番のハプニング、試験前日のインフルエンザ

あぁ、とうとうこれを書く日がやってきたのだなと長くて短かった二年間を振り返っています。

まず一番のハプニングは、なんといっても試験前日にまさかのインフルエンザ!夕方には熱は40.4度にもなり、こんな時は人間は不思議なものでもう笑うしかありませんでした。

本人は「明日のことは心配してへんけど、最後の塾で寄せ書きしてみんなと写真とりにいく~~」と泣いて訴えていました。

佐藤先生に電話で「明日が大事なのだから今日はとにかくゆっくり休みなさい、悔いのないように頑張れ」と言って頂きようやく納得しました。

 

二年間頑張ってきたのだから絶対に試験は受けるという彼女を、私もそれなら何としてでも試験会場に連れて行くと誓いました。

当日の朝も高熱はありましたが、別室受験で対応して頂きました。

待っている間、私はネガティブとポジティブに揺れる感情を整理していました。

本人はしんどいはずなのに一言もしんどいと弱音を吐かずに頑張っているのだから、親の私はどんと構えて信じようと。

 

志望校はなかなかのチャレンジ校だったが、英語型受験のある高槻中学に

いわゆる中学受験というものに違和感がありましたが、行きたい中学校がある。

その為にはやはり通塾が必須となった時に、お友達のお姉さんやお兄さん方が通われ志望校に合格され、楽しく通っておられた入江塾にしようと決めていました。

 

4年生の2月からお世話になり、5年生の間は宿題にも時間がかかり、先生方からはまだまだ幼い、マイペースすぎると言われ続け、八木先生からは「演習中に急に私の顔を見てニヤリと笑われます…」と言われ、理解不能な行動もありました。(笑)。

やっぱり受験には向いてないし早すぎたかなと何度と辞めにしよかと思ったこともありました。

 

6年生になる頃に志望校を見直し、得意の英語を生かし、それを評価して頂ける学校が向いているのではと思い、新たにいくつかのオープンキャンパスに連れて行きました。

面談で、最後はどこにするか本人に決めさせて下さいと言われ、好きな生物の勉強ができて英語型受験のある高槻中学に決めました。

彼女にとってはなかなかのチャレンジ校でした。

 

対策授業でみっちりと特訓して頂いた

苦手な算数と国語の個人指導に加え、高槻対策授業でみっちりと特訓して頂きました。

算数は本当に手こずり、ようやく秋風の吹く頃から成果がみえはじめ、やっとスタートラインにたてたかなという感じでした。

計算とできる問題を見極めて確実にするようにしました。

国語はできるほうでしたが、五ツ木駸々堂模試でたまに「えっ!?」という点数の時もありました。

読書が好きなところが救いでした。

 

そして、先生方やお友達にも恵まれ、科学の学校も続けながら、インフルエンザのなか、出願した4つの中学にすべて合格を頂き、本当によく頑張りました。

誇りに思います。

ありがとうございました。